フィンチのお気持ち表明板

ブログと日記の狭間

4月11日

ドバイからワルシャワへ向かう飛行機の中にいる。エミレーツ航空EK177便は定刻よりやや遅れて出発。搭乗の遅れた乗客を待っていたようだった。暫くの待機の間、機内は少し、蒸し暑いくらいだった。ポーランド人と見られる大半の乗客の服装も、すっかり夏の様相。そして今は、離陸から少し経ったところ。備え付けのスクリーンに映るフライト情報によると、機体は、上空45,005フィート、時速558マイルで、季節を逆戻りしている。ほぼ常夏のドバイから、初春のワルシャワへ飛んでいる最中だ。


10時間のドバイ乗り継ぎ中に市内観光をすると決めたのは、ほぼ思い付きのようなものだった。ほんの軽い気持ちで、同級生のイラク系ドバイ住民アブドラに街案内を依頼。二つ返事で快諾を得た時、もう後に引けなくなってしまったと気がついた。


コロナ禍が始まって以来、しみじみ感じるようになったことがある。今目の前、自分の手の中にある機会や可能性が、いつどんな事で失われてしまうか、全く分からないのだな、ということ。例えば、ポーランドで学生をしている間に、周辺諸国を観光するのだって、以前は、まだ卒業まで数年あるし、いつでも出来ることだと考えていた。でも、今このコロナ禍の状況下では、それも前ほど簡単なことではなくなってしまったわけ。これはほんの一例だけどね、でも、とりわけ最近は身に染みて思う。今手にしているチャンスは、今、後回しにせずに一つひとつ回収していく心掛けを持ちたいと。ドバイ半日観光は、ほんの思い付きだったけれど、それを実際に行動に移した背景には、最近の私のこんな気持ちがあった。


腹に抱えた一抹の不安とは裏腹に、ドバイ空港での入国はあっさり済んだ。わざわざ用意したPCRの陰性証明書も、そのへんに立ってたおばちゃんにピラっと一振りして見せれば良い程度の話だった。正直幾らでも偽装の陰性証明書で通過できると思う。


10時間は、短いようで短すぎることもなく、意外と色々な所を見て回れた。頬や腕をじりじりと焼く太陽の光と蒸した空気の、少しばかりの生理的不快さは、遠い異国、旅先の非日常にいるという実感をより際立たせた。ほんの半日前には日本にいて、今はドバイの水上タクシーに揺られダウンタウンの遠景を望んでいる。鳥の鳴き声に、潮の香り。頬を撫でる生暖かい風。ひとつ大きく息を吸い込むと、いつになく五感が研ぎ澄まされるような、生きいきした気分がした。ハレとケの、ハレ。ずっと将来、今この時が過去になっても、記憶のヴェールの向こうに淡く幸福に輝いているだろう、そんな思い出を作っているのだと思った。忘れることはないだろう。早朝、民族衣装を来て空港まで迎えに来てくれた友人。高層ビルの輪郭をぼんやり浮かび上がらせるオレンジ色の朝焼けと、白い砂浜の感触、足を浸した水の温度。冷房をガンガンに効かせた車内に軽快なBGMを流したドライブ。ブルジュ・ハリーファを見上げる広場のベンチでの会話。スークで売られていた鼻をつくスパイスの香りと、ラクダミルクのジェラートの味。

 

そしてほんのまた半日後には、ポーランドにいるのだ。正直、自分はなんて幸運で、そして甘やかされているんだとうと思った。日本の家族のことを考えて、気分の高揚が暗い影を落とすように、少しの後ろめたさを感じた。


不出来な娘の我儘を許してしまう、その両親の盲目の愛で、胸が痛む。今の私にできる、せめてもの埋め合わせと言えば、学業を疎かにしないことくらいなんだろう。あと1時間弱で、飛行機はワルシャワに到着する。そろそろ日記はお終いにして、微生物学のテスト勉強でもしようかな。